最高裁判所第一小法廷 平成3年(行ツ)171号 判決 1992年10月29日
上告人
相栄産業株式会社
右代表者代表取締役
相場栄一
右訴訟代理人弁護士
土屋東一
被上告人
三条税務署長大矢俊雄
右指定代理人
畠山和夫
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人土屋東一の上告理由について
所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り、右事実及び原審が適法に確定したその余の事実関係によれば、(1) 東北電力株式会社(以下「東北電力」という。)は、計量装置の計器用変成器の設定誤りにより、昭和四七年四月から同五九年一〇月までの間、上告入から電気料金等(電気料金、契約超過違約金及び電気税をいう。以下同じ。)を過大に徴収していた、(2) 東北電力は昭和五九年一二月ころに至り、この事実を初めて発見したため、同月一四日、上告人に対して、これを伝えて陳謝し、同月二一日、右期間に係る過収電気料金の概算額を伝えた、(3) その後、東北電力は、右過収電気料金の返戻額の算定作業を進める一方で、上告人に対し、年六パーセントの割合による利息を単利計算によって付加して支払うこと、東北電力が特別徴収義務者として上告人から過大に徴収した電気税については、昭和五九年度分の税額に当たる額のみを返金し、その余の部分は上告人が放棄することなどを申し入れ、上告人もこれを了承した、(4) 右のような交渉を経て、東北電力は上告人に対し、昭和六〇年三月二八日、本件過収電気料金等一億五三一一万一八一九円を含む具体的精算金額を提示し、東北電力で作成した案どおりの確認書を取り交わすことを申し入れたところ、上告人もこれを了承し、翌三月二九日、本件確認書が取り交わされるに至った、(5) 本件過収電気料金等のうち電気料金の額は、昭和四七年四月から同四八年九月までの間の上告人の使用電力量を明らかにする資料が残っていなかったため、その間の過収電力量料金の額を昭和四八年一〇月から同四九年九月までの一年間の一箇月平均使用電力量を基礎として推計することによって算出した、(6) 本件確認書には精算終了条項があり、これにより、上告人と東北電力との間において、過収電気料金等に係る精算を終了する旨が確認されている、というのである。右事実関係によれば、上告人は、昭和四七年四月から同五九年一〇月までの一二年間余もの期間、東北電力による電気料金等の請求が正当なものであるとの認識の下でその支払を完了しており、その間、上告人はもとより東北電力でさえ、東北電力が上告人から過大に電気料金等を徴収している事実を発見することはできなかったのであるから、上告人が過収電気料金等の返還を受けることは事実上不可能であったというべきである。そうであれば、電気料金等の過大支払の日が属する各事業年度に過収電気料金等の返還請求権が確定したものとして、右各事業年度の所得金額の計算をすべきであるとするのは相当ではない。上告人の東北電力に対する本件過収電気料金等の返還請求権は、昭和五九年一二月ころ、東北電力によって、計量装置の計器用変成器の設定誤りが発見されたという新たな事実の発生を受けて、右両者間において、本件確認書により返還すべき金額について合意が成立したことによって確定したものとみるのが相当である。したがって、本件過収電気料金等の返戻による収益が帰属すべき事業年度は、右合意が成立した昭和六〇年三月二九日が属する本件事業年度であり、その金額を右事業年度の益金の額に算入すべきものであるとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官味村治の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
裁判官味村治の反対意見は、次のとおりである。
私は、多数意見と異なり、原判決を破棄し、上告人の本件請求を認容すべきものと考えるので、以下その理由を述べる。
一 法人税法二二条一項は、内国法人の各事業年度の所得の金額は、当該事業年度の益金の額から当該事業年度の損金の額を控除した金額とし、同条二項及び三項は、各事業年度の所得の金額の計算上益金又は損金の額に算入すべき金額についてそれぞれ規定している。
法人税による確定申告について、損金の過大計上、益金の過少計上があった場合には、申告をした者は国税通則法等の定めるところにより修正申告をすることができ、課税庁は、同法等の定めるところにより、損金の過大計上、益金の過少計上の有無を調査し、これらがあった場合には、その額を調査し、その結果に基づき、更正する権限を有する。
二 原審の認定した事実によれば、上告人は、昭和四七年四月から同五九年一〇月までの間、電気料金等を過大に支払い、過大支払の事実を昭和五九年一二月一四日知ったというのであり、上告人は、この間に電気料金等として支払った金額を、支払の時の属する各事業年度における損金の額に算入していて、その算入の根拠は、右の金額が法人税法二二条三項一号の原価に該当するとしたことにあったと認められる。しかし、実は、その間の電気料金等の支払は過大であったのであるから、過収電気料金等の額に相当する額は、同号の原価の額には該当しなかったというべきであり、上告人の当該各事業年度に関する確定申告における所得金額の計算には、原価の過大計上ひいては損金の過大計上という違法があり、その結果所得金額が過少であったものと認められる。
したがって、右の各事業年度について、上告人は、国税通則法等の定めるところにより修正申告をすることができ、被上告人は、同法等の定めるところにより、電気料金等の過大計上の有無を調査し、その結果に基づき、損金の過大計上を理由として右の各事業年度の所得について更正すべきであって、被上告人が返還を受けるべき過収電気料金等の額を右の各事業年度以外の事業年度の益金の額に算入する更正をすることはできないというべきである。
三 多数意見は、原審が適法に確定した事実関係の下においては、上告人の東北電力に対する本件過収電気料金等の返還請求権は、右両者間において、その金額について合意が成立したことによって確定したものとみるのが相当であるから、本件過収電気料金等が帰属すべき事業年度は、右合意が成立した昭和六〇年三月二九日が属する本件事業年度であるとしたが、私は、多数意見に賛成できない。その理由は、二に述べたところのほか、次のとおりである。
1 前述のように、上告人が電気料金等の過大支払をした日の属する各事業年度に関する確定申告における所得金額の計算には、原価の過大計上ひいては損金の過大計上という違法があるが、多数意見は、右の計算に違法があることを認めない。過収電気料金等の額に相当する額は、法人税法二二条三項一号の原価又は同項二号の費用の額に該当しないことは明らかであって、上告人が請求を受けた電気料金等の額を正当なものと信じていたとしても、そのために過収電気料金等の額が右の原価又は費用の額に該当することとなることはあり得ないから、多数意見は、その額が同項三号の損失に当たるとするものと解さざるを得ない。たしかに、上告人は、電気料金等の過大支払により、その都度、過収電気料金等の額に相当する額の現金を失ってはいるが、それと同時に、民法の規定により東北電力に対し不当利得としてその額の返還を請求する権利を取得したことが明らかである。このように、上告人の財産については、現金の喪失という資産の減少と不当利得返還請求権の取得という資産の増加が生じているが、この両者は、表裏の関係にあり、しかも、その発生の時点においては等価であると認められるから、過収電気料金等の支払によっては上告人の財産に増減を生じていない。右の現金の喪失という資産の減少は、これに見合う額の返還を受けることを内容とする不当利得返還請求権の取得によって補われているから、同条三項三号の損失に当たらないというべきである。
2 多数意見は、本件過収電気料金等の返還請求権の取得を法人税法二二条二項の収益と解するが、右の権利は、前述のように、過収電気料金等の額に相当する現金の喪失という資産の減少を回復するものにすぎないから、その取得は、同項の収益に当たらないというべきである。したがって、右の権利の取得を収益として、これにより返還を受けるべき過収電気料金等の額を益金の額に算入することはできないし、まして、表裏の関係にある右の権利の取得と現金の喪失とを切り離して、右の現金の喪失は前記の過大支払の日の属する各事業年度の損失であるとしながら、右の権利の取得は前記の合意の日の属する事業年度の収益であるとすることはできない。
3 多数意見は、本件過収電気料金等の返還請求権は、その額についての前記の合意の成立によって確定したとするが、過収電気料金等の額は、電気料金等の過大支払の時において、客観的に確定していて、算定可能であり、税法上は、この客観的に確定した額が不当利得として上告人が返還を受けるべき額であって、被上告人は、右の合意にかかわらず、所定の権限を行使し、過収電気料金等の額を調査し、これに基づいて更正を行うべきである。その際、右の合意による額が客観的に確定した額と異なるときは、その額により更正すべきであり、年月の経過による資料の散逸等により過収電気料金等の正確な額を算定できない期間については、残存資料等に基づき合理的な方法を用いてその額を推定すべきである。
原審の認定した事実によれば、東北電力は、昭和五五年一月から同五九年一〇月までの間の過収電気料金等については、検針カードが保存されていたので、これによりその額を算定し、昭和四八年一〇月から同五四年一二月までの間の過収電気料金等については、大口電力カードが保存されていたので、その記載により一〇〇〇キロワット時未満を四捨五入した使用電力量を基礎として、その額を推定し、昭和四七年四月から同四八年九月までの間の過収電気料金等の額については、その間の使用電力量をその直後の一年間の一箇月平均使用電力量を基礎として、その額を推定したというのである。被上告人は、国税通則法等の定めるところにより、右の合意にかかわらず、右の算定の正確性及び右の推定が合理的か又はより合理的な方法がないか等について、調査し、その結果に基づいて更正すべきである。
このように、税法上、右の合意がなければ過収電気料金等の額が確定しないということはできず、右の合意によりその額が確定するということもできない。したがって、右の不当利得返還請求権が右の合意の成立によって税法上確定したとする理由はない。
最高裁昭和五〇年(行ツ)第一二三号同五三年二月二四日第二小法廷判決(民集三二巻一号四三頁)は、所得税法上の所得の計算上、賃料増額請求が賃借人により争われた場合には、原則として、増額賃料債権の存在を認める裁判が確定した時にその権利が確定すると判示していて、その趣旨を推及すると、増額賃料債権は、その額について賃借人と賃貸人との合意が成立した場合には、その合意の時に確定すると解すべきものと考えられる。しかし、右判例の理由とするところは、増額賃料債権の存在を認める裁判が確定するまでは、増額すべき事情があるかどうか、客観的に相当な賃料額がどれほどであるかを正確に判断することは困難であり、課税庁に独自の立場でその認定をさせることも相当でないということにある。しかし、本件においては、前述のように、過収電気料金等の額は、検針カードさえあれば容易に算定できるし、それがなくとも、使用電力量を合理的に推定して、その額を算定することが可能であるから、本件は、右判例とは事案を異にするというべきである。
なお、原審の認定した事実によれば、上告人は、昭和五九年一二月二一日、東北電力に対する不当利得返還請求権のうち昭和五八年度以前の電気税の額に相当する部分を放棄したものというべきであるから、右の放棄についての税務上の処理は、同日の属する事業年度の所得の計算についてするのが相当である。
四 原判決は、被上告人がした本件更正処分を適法と認めたが、上述したように、法人の各事業年度の所得の金額の計算に関する法令の解釈を誤っているので、これを破棄し、上告人の本件請求を認容すべきである。
(裁判長裁判官小野幹雄 裁判官大堀誠一 裁判官橋元四郎平 裁判官味村治 裁判官三好達)
上告代理人土屋東一の上告理由
一 原審判決及び右判決が引用する第一審判決(以下「原審判決」という。)には、以下に述べるように、採証法則及び経験則に違背し、更に審理不尽、理由不備もしくは法令の解釈適用の誤りの違法があり、この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるので破棄されるべきである。
本件は、電気料金等の徴収が正確に行なわれていたならば、少なくとも本件課税処分の対象となった収益に該当するものは発生せず、したがって上告人の税負担は生じなかったものであるところ、電力会社の一方的な過誤によって、税負担を強いられる結果となったものであって、上告人の主張する過年度損益の修正は認められて然るべしとの見解もある(旬刊速報税理平成三年七月二一日号八ページ)。
上告人の立場からすると、過失責任主義の法体系のもとにある国民でありながら、税法の解釈ないし税務当局の処置によって、明文にない無過失責任を問われたのに等しい状態に置かれたと言わざるを得ず、これは、課税の正義、公平に著しく反するものであって、是正されて然るべきである。
二1 本件過収電気料金等の返戻額は、東北電力株式会社において一方的に算定し、上告人に通知の上右金額を返還したまでのことであって、右返戻額が上告人と右東北電力間の合意によって確定したとか、右確定の時期を昭和六〇年三月二八日ないし同月二九日と認定した原判決及び原審判決には、採証法則違背、経験則違背、審理不尽、理由不備の違法がある。
2 原判決は、認定事実として、
① 昭和五九年一二月二一日、東北電力担当者が上告人代表者らに対して本件過収電気料金の概算額等を通知するなどした際、「上告人代表者らは特に異議を述べることなくこれを了解した」。
② その際電気税について東北電力からの申出に対し、上告人は昭和五九年度分の税額相当額のみの返金を「了解し、その余の部分は破棄することとした」。
③ 昭和六〇年一月八日、東北電力担当者と上告人代理人らとの間で、「書面を取り交わすこと、そしてその文案は東北電力が作成すること」を「合意した」。
④ 同年三月二八日東北電力担当者が上告人代表者らに対し、明日本件過収電気料金等を返戻できる見通しであることを伝え、その具体的金額を提示し、本件確認書を取り交すことを「依頼したが、上告人代表者らは特に異議を述べず、これを了解した」。
⑤ 同月二九日東北電力担当者と上告人代表者間において本件確認書を取り交わすとともに、東北電力が「本件返戻金を原告の指定口座に振り込み、」「精算業務を終了した」。
⑥ 本件確認書には精算終了条項があり「精算終了の確認がなされている」。
等の事実を摘示した上、本件過収電気料金等の返戻額は東北電力と上告人の合意によって確定したものであること、右の合意は右④の東北電力による具体的な金額の提示と上告人によってなされた「了解」と、右⑤の本件確認書の作成、取交しという行為によってなされたものと結論づけており、原審判決もこれをそのまま容認している。
また、右にかぎ括弧で示した部分は、原判決が本件過収電気料金等の返還行為が東北電力と上告人との間の長期間にわたる交渉(話合い)によって行われたものであること、その結果本件確認書によって最終的な合意が行われたということを強調すべく摘示されたものと思料されるが、これらの記述は証人笠原一博の被上告人指定代理人に対する平成元年一月一二日付聴取書(<書証番号略>)において強調している記載ないし表現と同一のものであることなどからして、原判決が右<書証番号略>の聴取書にほぼ全面的に依拠して判断したことが明らかと言い得る。
3 しかしながら、右証人笠原は、上告人に対する本件過収電気料金の支払い行為について、
今回のように、本件のようにですね、変成器のセット誤りということで、実際に使ってもいない、二倍の請求をしてまいりました。東北電力としてはこれは頂戴すべきものではないと、また、お客様にいたしましても、これは、払う必要のないものをお支払いいただいたわけですから、これは、やはり、客観的に正しいという金額に置き換えて、その差額は返金すべきであるということで、私どものほうからお返ししたという経緯でございます。
と供述し(証人笠原の証人調書一二丁表)、また本件確認書(<書証番号略>)について、
この確認書の性格について、もう一度、東北電力としてどのように理解しているのかという点なんですが、今まで伺ったところからすると、要するに、返還すべき事実の有無、内容、特に金額について、両者間で交渉ないし協議の上、新たな合意に達したのでこれを明らかにするということで作ったものなのか、あるいは、この過大領収の金額、あなたの言うところの差額金等の、過去に発生した事実と、そういった客観的な金額を確認したという程度にとどまるものなのか、その辺はどう考えていますか。前者か後者か。
との質問に対し、明確に
後者の方でございます。
と供述し(同証人調書一五丁裏ないし一六丁表)、原判決及び原審判決が認定した「新たな合意」ではないことを明確に肯定するとともに、右確認書の作成理由について、
本件の場合は、非常に、金額も大きくて、私どもの新潟支店で取り扱ったものとしては、けた違いに大きな金額でございまして、当然、稟議伺いも本店のほうまで出す必要がございます。稟議書の付帯資料ということで作成いたしました。
付帯資料ですから、なくてもよかったと思います。
(「要するに、東北電力側として、その内部的な必要性あるいは理由で作成したものだと、こう聞いていいんですか。」との質問に対して)はい。
と証言し(同証人調書一四丁裏ないし一五丁表)、更に右確認書第三項(精算の終了)の意味につき、
これは、私どもが通知したことに対して了解を頂いたということで、言うなれば、決まり切った文句ということで入れたにすぎないと思っております。
とこの種文書の体裁上、特別の意味なく、いわば決まり文句として記載したに過ぎないことを明らかにしているのであり、右笠原証言に加えて、同証人作成にかかる平成元年八月三一日付陳述書(<書証番号略>)の記載及び原告本人尋問の結果を総合すれば、上告人の主張の真実性、正当性が認められて然るべきである。
また、右笠原証言(同証人調書三八丁裏ないし四一丁表)及び<書証番号略>並びに被告指定代理人に対する平成元年六月五日付聴取書(<書証番号略>)を比較すると、右証人がその表現等について、後者に関しては証人出廷を意識して極めて慎重に対処しているのに対し、前者については、同証人が無意識ないし不用意に、「合意」「同意」等の表現を訟務官によって誘導ないし誤導されるがままに用いられ作文されたものであることが明白であって、信用性に乏しいものである。
4 次に原判決は、電気税についても直近の一年分を除くそれ以前の分につき上告人が放棄する旨上告人と東北電力の間で合意があったものと認定し、これを右両者間において本件過収電気料金等の返還について精算のための契約が存在したことの根拠とし、その上で本件返還請求権が確定した時期を昭和六〇年三月とする根拠の一つとしている。
しかし証人笠原の証言によると
本件につきましては東北電力として三条市役所に御相談した経緯がございます。その中で、特別徴収義務者が更正手続できるものは一年以内というふうに、あるいは年度分というふうに認識しておったようであります。(同人の証人調書一一丁表)
とあり、これを前提にして同人の証言を吟味すれば、特別徴収義務者たる東北電力としては電気税についての還付請求即ち更正の請求は(地方税法上の除付期間の定め等により)直近の一年分(五九年度分)しか出来ないものと認識(誤認)しその旨上告人代表者に説明したことから、それ以前の分についての電気税相当額は仮に請求するとすれば手続が煩雑でもあることも併せ考慮して放置しよう、換言すればまたもや東北電力の誤認と説明ミスから過年度分は法律上請求不可能故一年分に限定せざるを得ないとの結論になったとの趣旨と理解すべきであって、これをもって上告人と東北電力間に新たな合意がなされたとする根拠にはなり得ない。
なお原判決は、上告人代表者尋問の結果中の上告人代表者の昭和五九年度以前の電気税相当額についての供述をとらえ、これを「市への寄付ということは結局、原告の東北電力に対する返還請求を放棄する趣旨であったというべき」と認定し上告人と東北電力間に新たな合意があったものとする根拠の一つとしているようであるが、上告人代表者の右供述の趣旨は電気税相当額についても返還請求したいが、東北電力の説明によると返還は難かしそうなのであきらめることとし、その際自分自身の気持を納得させるための割り切り方として「寄付したものと思えば諦めもつく」という程度の意味の比喩的表現であることは、関係供述部分を素直に善意でもって耳を傾ければ容易に理解し得るはずである。
右電気税に関して上告人の「強行態度に出て還付請求せずに、市への寄付と割り切ろう」との認識は、公共機関に対しての一市民としての善意であり、原判決の右認定は、市民の善意を逆手に取ったものと言うほかはない。
更に付言するに、近時幾つかの市町村で固定資産税の過大徴収が判明し、五年間に亘る還付を求める事件が報道されている(その意味で公知の事実と思料する。)ところ、これによると被害者である市民らは五年以前の分については時効が成立したとして切り捨てられた(これについても市民らは異議を唱えてはいるが)ものの、それ以降の直近五年分については、当該市町村において、当然のこととして固定資産税相当額を還付しているところ、本件の上告人はこれと全く同列の立場にあるのに、原判決及び本件原処分庁はこれと相反する判断を示しており、かかる判断は、行政における公平・公正の原則に反するものであり、条理にもとるものとして是正されなければならない。
以上のとおり原判決及び原審判決には、採証法則違背、経験則違背、審理不尽、理由不備の違法があるといわざるを得ない。
三1 原判決および原審判決は、法人税法における権利確定主義に関し、結論として権利の確定とは債権額が実額として確定計算出来る状態にあることを要する旨判示したが、これには法令の解釈適用を誤った違法があり、また右判示を前提として本件過収電気料金等の返還請求権は上告人の各事業年度もしくは昭和五九年一二月期においては確定していないと判示した点について、採証法則違背、経験則違背、審理不尽、理由不備の違法がある。
すなわち本件過収電気料金等の返還請求権の発生時期は、権利確定の時すなわち当該権利が法律上行使し得る状態になった時であるが、これは債権額が原判決の言う実額として確定計算出来なければならないわけではなく、「合理的に算出し得る状態」になった時をもって足りると解すべきであり、具体的には少なくとも概算額が示された昭和五九年一二月二一日の時点においては、前述の本件過収電気料金等が「合理的に算出し得る状態」になっていたのであるから、本件返戻金の帰属年度は昭和五九年一二月期の事業年度となすべきであり、仮に原判決の判示のとおり権利確定の時期を「債権額が当事者間に客観的に確定し得るものであることを要し、かつ右債権額は実額として確定したものでなければならない」ものとして判断したとしても、少くとも昭和五五年一月ないし同五九年一〇月の間の各月分の過収電気料金等については、同五九年一二月二一日の概算額が示された時点において、「実額として当事者間において客観的に確定し得る」ものであったことは明らかであるから、少くともこの間の各月分の過収電気料金等については、上告人の右各事業年度に遡って修正されるべきであり、仮に然らずとしても昭和五九年一二月期の事業年度に帰属するものとするのが相当であって、これに反する原判決及び原審判決には、法令の解釈適用の誤り及び採証法則違背、経験則違背、審理不尽並びに理由不備の違法がある。
2 原判決は、「原告の右債権が確定したというためには本件過収電気料金等の返戻額が当事者間において客観的に確定し得るものであることを要する」と判示し、債権が確定計算し得て初めて債権が確定するとした上、本件過収電気料金の返還請求権の発生時期は、返戻すべき金額が実額として確定した時でなければならないとし、右実額の確定の時期を上告人と東北電力間で交された確認書なる書面が作成された時点であるとした。
しかし、権利確定主義とは、当該権利が法律上行使し得る状態になった時をいうのである(松沢智・租税実体法(増補版)一〇三ページ)が、課税所得は、どの段階で何人にその金額が帰属したかが問題なのであって、企業利益のように発生したか否かが問題となる訳ではないから、金額を確定するために具体的に計算しようとすれば容易に算定できる状態に至っていること、換言すれば適正な金額が見積られる程度に至っていれば足り、その段階でその利益はその者に帰属したといい得るのであり、右の権利が法律上行使し得る状態すなわち、権利確定の時期は、債権額が確定的に計算し得る状態になった時ではなく、「合理的に算出し得る状態」になった時で足りるというべきである(松沢智「権利確定主義と収益の帰属年度」税務弘報三八巻三号一三六ページ)。
現在の税務実務は、例えば、運送業で頻発する保険事故等の未解決事案に関して、概算保険金の見積額を未収計上せしめて既払費用の損金算入を認めたり、債務確定の要件が通達で明示されているものの、その金額については「合理的に算定することができるもの」というに止まっていたり(法人税基本通達二―二―一二)、販売原価の見積計上を容認(同二―一―四)し、また売上除外等の場合の推計課税や、これを前提とする課税庁による修正申告の慫慂等を認めているのであるが、原判決の論理を貫くかぎりこれらも違法ということにならざるを得ない。
また仮に上告人が、本件計算誤謬に当初から気付いておりながら、悪意をもって簿外資産とした上、利益が順調に推移している各事業年度の間は放置し、欠損事業年度に至って不当利得返還請求をなし、企業損益のつじつま合わせをした場合は課税庁は如何なる判断をするのであろうか、答えは明白であり、この点においても原判決は税務の実際と矛盾を来たすことになろう。
このように、債権が確定したというためには当該債権の金額が実額で確定していなければならないとする原判決の判示は、現在の企業会計及び税務の実務及び税法の通常の解釈から余りに遊離したものであって、「課税所得概念の本質と企業利益算定の問題を混同した誤りを犯した(前記松沢論文一三二ページ)」等の批判を免れず、よって原判決及び原審判決には法人税法第二二条の解釈適用を誤った違法及び理由不備の違法があると言わなければならない。
3 本件過収電気料金等算定の中心となるのは電力料金であるが、右過収電気料金等が発生した昭和四七年四月ないし同四八年九月の間(以下、原判決に従い「甲期」という。「乙期」「丙期」も以下同じ。)については残存資料がなかったため右乙期のうち昭和四八年一〇月から同四九年九月までの一年間の一か月平均使用電力料を基礎にし、乙期については同期間分の算定のための唯一の残存資料である同期間の大口電力カードに記載されている使用電力料により、丙期については実際の使用電力料がそのまま記載されている検針カードによってそれぞれ電力量料金を算出したものであるところ、丙期については右検針カードの存在によって乗率を正しいものにして計算することによって各月の返戻額がごく簡単に算出されるものであったことは否定し難いところであり、原審判決も「丙期については各月の過収電気料金等の実額を計算することが可能であり、したがって、その返戻額も客観的に算出することが可能であったことは明らかである。」と判示している。
また甲期及び乙期については、丙期のそれほどではなかったにしても、笠原証言によれば「これ以外にこれより客観的な数字の求めようがない」算定方式であり、「客観的、正確だと思われる」返戻額を算定し得る合理的な推計計算の方法であるから、右丙期のみならず、甲期及び乙期分についても、昭和四七年四月分の電気料金等の過大徴収の開始の時点から過収電気料金等が前記二・2記載の「合理的に算出し得る状態」になったというべきであり、したがってその時すなわち昭和四七年四月分についてはその使用電力料が検針カードによって算定され過大徴収されたと認められる同年五月において、それ以降の各月分についても順次その翌月に過収電気料金等の返戻額が合理的に算出し得る状態にあり、その段階において各月毎の返戻額に相当する返還請求権が確定したとするのが正しい。
このような場合法人税法における収益の帰属時期については、企業会計において前期修正(項目)として処理するのとは異り、契約の解除等の後発的事由でない限り遡って各事業年度において、修正するのが正しい処理である(<書証番号略>・税経通信一六巻一〇号七五ページ、<書証番号略>・税務会計一一三号三六ページ、武田昌輔・税務弘報一三七巻五号九六ページ)から、少くとも前記の如く返戻額が極めて簡単な計算でもって「当事者間に客観的に確定し得るもの」であった右丙期に対応する上告人の昭和五五年度ないし同五九年度の各事業年度分の過収電気料金等の返還請求権については、右各事業年度において、原判決のいう実額でもってしても確定していたものであり、また、右甲期及び乙期に対応する各事業年度分の過収電気料金等の返還請求権については、それぞれの事業年度において「合理的に算出し得る状態」にあったが故にそれぞれ確定していたというべきであって、いずれについても、法人税の処理としては、右各事業年度に遡って修正ないし更正等の処理がなされて然るべきである。
また仮に右主張が然らずとしても、前記のとおり昭和五五年一月分以降の丙期に相当する五八か月分の電気料金の過大徴収金額は、実額としても極く単純な方法でかつ正確に算定し得たのであるから、原判決が電気料金の過大徴収の事実が当事者双方に認識された時期と認定している昭和五九年一二月四日には、少くとも右の五八か月分の過収電気料金等の返還請求権は確定していたと認定するのが相当であり、従って右五八か月分の本件過収電気料金等の返還請求権の確定時期について、昭和五九年一二月期に帰属するとした原告の主張はその限りにおいて是認されて然るべきである。
これらの点において、原判決及び原審判決には、法人税法第二二条の解釈適用の誤り、経験則違背、審理不尽、理由不備の違法があるといわなければならない。